八坂神社

八坂神社(やさかじんじゃ)は、京都府京都市東山区祇園町にある神社。

かつての社名から祇園さんの愛称で呼ばれる。7月の祇園祭(祇園会)で知られ、ほかに特殊神事として白朮(をけら)祭がある。旧社格は官幣大社。中世には二十二社の下八社のひとつとされた。

慶応4年(1868年)の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、元々「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれていたのが、「八坂神社」と改められた。

八坂神社を総本社とし、素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする神社が、日本全国に約2300社あるとされる。

社伝によれば、斉明天皇2年(656年)、高句麗より来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が、新羅の牛頭山に祀られる素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷に祀り、「八坂造」の姓を賜ったのに始まるという。他にも各種の記録がある。

貞観18年(876年)に僧・円如が播磨国広峯の牛頭天王の分霊を遷し、その後、藤原基経が精舎を建立して観慶寺(別名 祇園寺)と称した
延長4年(926年)、ある修行僧が祇園天神堂を建てた
承平4年(934年)に祇園感神院を建てた

八坂五重塔(明治43年)創建については諸説あるが、祭神は古くから牛頭天王(およびそれに習合した素戔嗚尊)であったことは確実である。古くからある神社であるが、延喜式神名帳には記されていない。これは神仏習合の色あいが濃く延暦寺の支配を受けていたことから、神社ではなく寺とみなされていたためと見られるが、後の二十二社の一社にはなっており、神社としても見られていたことがわかる。平安時代中期ごろから一帯の産土神として信仰されるようになり、朝廷からも篤い崇敬を受けた。

祇園祭は、貞観11年(869年)に各地で疫病が流行した際に神泉苑で行われた御霊会を起源とするもので、天禄元年(970年)ごろから当社の祭礼として毎年行われるようになった。

祇園社は当初は興福寺の配下であったが、10世紀末に戦争により延暦寺がその末寺とした。1070年には祇園社は鴨川の西岸の広大の地域を「境内」として認められ、朝廷権力からの「不入権」を承認された[1]。

1384年に足利義満は、祇園社を比叡山から独立させた。だが、それで祇園社が幕府配下となったわけではなく、以降、祇園祭は経済的に力をつけていた京の町衆により行われるようになり、現在に至っている[2]。

慶応4年(9月8日に明治元年に改元)の神仏混交禁止により「感神院祇園社」の名称を「八坂神社」と改めた。

現在の八坂神社は東側にしだれ桜で有名な円山公園 (京都府) が隣接していることもあって、地元の氏神(産土)としての信仰を集めるとともに観光地としても多くの人が訪れている。尚、正月三が日の初詣の参拝者数は近年では約100万人と京都府下では伏見稲荷大社に次ぐ2位となっている。また東西南北四方から人の出入りが可能な為、楼門が閉じられることはなく伏見稲荷大社と同じように夜間でも参拝することが出来る(防犯のため、監視カメラが設置され、また、夜間でも有人の警備は行われている)。

京都洛北の観光スポット6 龍源院[大徳寺]など

京都洛北の観光スポット6

妙満寺(京都府京都市左京区岩倉幡枝町91)
境内にブッダガヤ大塔を模した、インド式の仏舎利大塔がそびえる。1389年(康応元)、日什上人[にちじゅうしょうにん]が六条坊門室町(今の烏丸五条あたり)に開基。長く寺町二条にあったが、1968年(昭和43)に現在地に移転した。展示室には安珍・清姫で知られる道成寺の鐘も安置。本坊の雪の庭は松永貞徳作と伝わる。

由岐神社(京都府京都市左京区鞍馬本町1073)
940年(天慶3)創建の古社。鞍馬寺本堂へ至る参道途中にあり、鞍馬の火祭の舞台としてよく知られる。境内には樹齢800年と伝わる杉の巨木が立ち、霊気に満ちた気配が漂う。1610年(慶長15)に豊臣秀頼が再建した檜皮葺きの割拝殿(重要文化財)は、中央を石段がくぐっていて、その先に本殿がある。ずんぐりとした鎌倉時代の石造狛犬(重要文化財)も見逃さないで。

来迎院(京都府京都市左京区大原来迎院町537)
三千院からさらに東、呂川沿いに山道を少し上った地にひっそり佇む。最澄の直弟子の慈覚大師円仁が中国の五台山を模して建立、その後衰微したが1109年(天仁2)に融通念仏宗の祖良忍[りょうにん]上人が再興した。円仁は唐への留学で、独特の節回しで唱えるお経である声明[しょうみょう]を持ち帰ったため、ここが日本での声明の発祥地とされる。本堂には藤原時代の本尊薬師如来像(重要文化財)を中心に、釈迦如来像(重要文化財)、阿弥陀如来像(重要文化財)を安置する。

龍源院[大徳寺](京都府京都市北区紫野大徳寺町53)
臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。表門と本堂(方丈)は、ともに国の重要文化財に指定されており、大徳寺最古の建築。四方を趣の異なる4つの庭に囲まれている。方丈の北に枯山水の龍吟庭[りゅうぎんてい]、南に苔が美しい一枝坦[いっしだん]の庭、東に東滴壺[とうてきこ]と呼ぶ坪庭がある。

大原観光保勝会(京都府京都市左京区大原来迎院町)
紺衣にカオリの前掛けをしめて縄の手甲・白脚絆をはめ、白足袋にわらじといういでたちの大原女姿に変身させてくれる。

木の根道(京都府京都市左京区)
鞍馬寺本堂から鞍馬山を通り、貴船神社へ抜ける山道は木の根道と呼ばれ、ハイキングコースとして人気。杉林がうっそうと繁り、大木の根が地表に張り巡らされた奇観はどこか神秘的ですらある。昼でも暗い道をしばらく行くと途中、不動堂、義経堂がある僧正ケ谷に出る。謡曲「鞍馬天狗」の舞台として知られる場所だ。さらに鞍馬山の最奥には650万年前、人類を救うため金星から降り立ったという伝説が残る奥の院魔王殿が立つ。奥の院から貴船までは急坂を下るので、足下に気をつけて。所要約1時間。なお女性の一人歩きは避ける方がいい。

京都府 祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛北の観光スポット5 百萬遍知恩寺(百萬遍さん)など

京都洛北の観光スポット5

大徳寺(京都府京都市北区紫野大徳寺町)
臨済宗大徳寺派の大本山。広大な境内に22の塔頭を擁する洛北随一の大寺院で、多数の文化財を所蔵。創建は鎌倉末期で応仁の乱後、一休禅師が再興した。三門(重要文化財)は千利休が寄進したもの。その上層に利休自らの木像を安置したため秀吉の怒りを買い、切腹の一因となったといわれる。大仙院、龍源院、瑞峯院、高桐院の4つの塔頭が常時公開されている。

百萬遍知恩寺(百萬遍さん)(京都府京都市左京区田中門前町103)
法然上人が念仏道場とした寺で、知恩院と並ぶ浄土宗の名刹。1331年(元弘元)、京都に悪病が流行した際、住職の第八世善阿上人が百萬遍の念仏を唱えて悪病を治め、後醍醐天皇から百萬遍の名を賜ったという。広い境内には、釈迦堂や阿弥陀堂などが立ち並ぶ。毎月15日(8月は25日)の11時〜は写経会、13時〜は大念珠繰りが行われ、境内に約300軒もの手作り品の店が出店する手作り市を開催。

補陀洛寺(小町寺)(京都府京都市左京区静市市原町)
鞍馬・貴船から市街地に戻る途中の鞍馬街道沿いに、市原野と呼ばれる集落がある。このあたりは古くから小野氏の領地で、小野小町と深草少将の亡霊が僧侶に百夜通いの物語をする、謡曲『通小町[かよいこまち]』の舞台でもあった。この寺も正式には補陀洛寺というが、通称の小町寺で知られる。本堂内には、美女の姿からはかけ離れた小野小町老衰像を安置。境内には小野小町塔や深草少将塔、小野小町姿見の井戸なども残る。法要などがあるため、事前に予約を入れた方がよい。

船岡山(京都府京都市北区紫野北船岡町)
京の市街地、特に西陣一帯が見渡せる景勝地。東西200m、南北100mのなだらかな丘陵で、平安時代からその美しさが京の人々に愛されてきた。清少納言も「岡は船岡」と讃えている。応仁の乱では西軍の山名宗全が城砦を築き、戦いの場にもなった。現在は遊歩道が延び、野外音楽堂などがある船岡山公園になっている。

宝泉院[勝林院](京都府京都市左京区大原勝林院町)
声明の道場として開かれた勝林院の塔頭で、書院から見事な庭園を観賞できる。大原の山を背景に楓や桜、竹などが眺められ、まるで絵画を見るよう。廊下の天井は、鳥居元忠一党が自害した伏見城の板間を移したものといわれ、「血天井」と呼ばれる。2005年3月には、新庭園・宝楽園が完成した。

曼殊院(竹の内門跡)(京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町42)
もとは比叡山西塔にあり東尾坊と呼ばれたが、その後各地を巡り、1656年(明暦2)桂離宮を造営した八条宮智仁[としひと]親王の子である良尚法親王(天台座主)によりこの地に建てられた。数寄屋造の大書院(重要文化財)には主座敷が2間あり、間仕切りの卍くずしの欄間の意匠などに桂離宮の影響がうかがえる。続く小書院(重要文化財)の襖絵は狩野探幽作と伝えられ、黄昏の間には10種類の寄せ木で造られた「曼殊院棚」と呼ばれる違い棚がある。書院前の枯山水庭園(名勝)は、5月のツツジ、11月の紅葉のころが特に美しい。八窓茶室(重要文化財)は小堀遠州好みと伝えられている。

深泥池(京都府京都市北区上賀茂深泥池町)
周囲1.5kmの小さな池だが、3mを超える泥土層をもち、氷河期から生き残るホロムイソウなど貴重な水生植物が群生、天然記念物に指定されている。独特のぬめりで知られるジュンサイも多く見られ、6・7月には暗紅紫色の花を咲かせるが、採取禁止。

三宅八幡宮(京都府京都市左京区上高野三宅町22)
子供の夜泣きや癇の虫封じの神様で知られ、子供を守るところから学業の神という側面も。鳥居前には狛犬ならぬ「狛鳩」が置かれ、社殿のあちこちにも土製の「神鳩」が見られる。これらは子供の成長を祈願し、そのお礼に納められたもの。江戸時代から人々の信仰を集め、多くの大型絵馬が奉納された。大勢の子供が行列を作って参拝する様子、子どもの遊ぶ様子を描いた絵馬など、ほかに例を見ない60点を展示公開する絵馬展示資料館を併設。

妙円寺(松ケ崎大黒天)(京都府京都市左京区松ケ崎東町31)
京の夏の風物詩・五山の送り火のうち「法」の字が描き出される東山の麓にあり、京都七福神の一つである大黒天を祭る。商売繁盛や家内安全などを願う庶民の信仰が篤く、60日に一度の甲子祭、毎月1・15日の月例祭は賑わう。

京都府 祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛北の観光スポット4 寂光院など

京都洛北の観光スポット4

実光院[勝林院](京都府京都市左京区大原勝林院町)
勝林院で声明を修行する学僧の僧坊として建てられた。詩仙堂の三十六詩仙画像の模写が掲げられた客殿の、西側と南側には庭園が広がる。西の庭にある不断桜は、秋から春にかけて花を咲かせ続ける珍しいもの。茶花を中心に植えられた、季節の花々を楽しみながら散策したい。

実相院(京都府京都市左京区岩倉上蔵町)
岩倉門跡と呼ばれる名刹。1229年(寛喜元)、紫野に創建されたが、1411年(応永18)に現在地に移転。その後も兵火で伽藍の多くを失ったが、江戸初期に足利義昭の孫・義尊[ぎそん]僧正が天皇家と徳川家の援助で再興。以降、皇子や皇族が相次いで入寺した。襖絵は狩野派の絵師によるもの。板の間にもみじが映り込む「床もみぢ」が有名。

寂光院(京都府京都市左京区大原草生町676)
三千院と並んで大原を代表する寺。平清盛の娘・建礼門院徳子[けんれいもんいんとくこ]が、わが子、安徳天皇や平家一門の菩提を弔いながら、長い余生を過ごした。後白河法皇が建礼門院を訪れた『平家物語』の大原御幸[ごこう]でも知られる。本尊は木造地蔵菩薩立像(重要文化財)。夏は沙羅の花、秋の紅葉が美しく境内には『平家物語』ゆかりの汀[みぎわ]の池、汀の桜などもある。

常照皇寺(京都府京都市右京区京北井戸町丸山14-6)
1362年(貞治元)、権争の過中を出て禅の道に入った光厳天皇が庵を結んだのが始まり。仏殿、舎利殿、が立つ境内は桜で埋まり、なかでも細い枝を幾重にも垂らす樹齢600年余の九重桜(天然記念物)は、特に美しい枝垂桜。このほか、江戸時代に京都御所左近の桜を株分けしたとされる左近桜、その美しさに感動して後水尾天皇が御車[みくるま]を返したとされる御車返しの桜もある。花の見ごろは、4月20日前後。10人以上の拝観は事前にはがきで要申し込み。

常照寺(吉野太夫菩提所)(京都府京都市北区鷹峯北鷹峯町)
1616年(元和2)、日蓮宗の日乾上人[にちけんしょうにん]が本阿弥光悦の寄進で創建した。数百人の学僧が学ぶ鷹峯檀林として栄えたが、今では江戸前期の遊女・吉野太夫ゆかりの寺として知られる。吉野太夫は諸芸に秀でた名妓で、「吉野門」と呼ばれる山門は太夫が寄進したもの。境内には、太夫を偲んで植えられた吉野桜や、太夫の墓が立ち、太夫の夫である豪商、灰屋紹益[しょうえき]との比翼塚がある。

上品蓮台寺(京都府京都市北区紫野十二坊町33-1)
京都有数の古刹。船岡山の麓に立ち、千本通に面して長い築地塀が続く。応仁の乱で焼失した後、豊臣秀吉などの帰依を受け江戸時代には子院12カ寺をもつ大寺として繁栄した。現在は3院を残すのみ。天平時代の絵因果経(国宝)は、京都最古の絵巻物(京都国立博物館に寄託中)だ。境内に藤原期の代表的な仏師・定朝の墓がある。寺の西側には東の鳥辺野[とりべの]、西の化野[あだしの]とならぶ葬送の地とされた蓮台野[れんだいの]が広がる。訪れる際は、マナーをわきまえて参拝を。

瑞峯院[大徳寺](京都府京都市北区紫野大徳寺町81)
臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。キリシタン大名の大友宗麟[おおともそうりん]の1535年(天文4)に創設。表門(重要文化財)、本堂(重要文化財)は創建当初の遺構。方丈裏の閑眠庭[かんみんてい]は、枯山水の庭を横ぎるようにして7個の石で十字架が表されている。

赤山禅院(京都府京都市左京区修学院開根坊町18)
888年(仁和4)、比叡山延暦寺の別院として創建された。御所から東北に位置し、鬼門に当たることから、古来、方除け、厄除けの祈願所として御所を守り、また広く人々の信仰を集めてきた。本殿には「皇城表鬼門」と大書され、拝殿の屋根の上には比叡山を守護する日吉大社の神猿の像が鎮座している。ここは「都七福神」の一つである福禄寿の寺でもあり、福禄寿神の姿をした「お姿みくじ」が人気だ。

糺ノ森(京都府京都市左京区下鴨泉川町)
御所の北東に賀茂川と高野川の合流点がある。この2つの川に挟まれた一帯は古くから糺ノ森、または河合の森と呼ばれ、平安時代は潔斎の地として知られていた。河合神社より下鴨神社に至る広大な森の面積は約12万平方m。樹齢千年を超える老木が生い茂り、樹木の中を泉川の清流が流れて、古代の森の名残を伝える。

大仙院[大徳寺](京都府京都市北区紫野大徳寺町54-1)
大徳寺の塔頭の一つ。方丈(国宝)を取り巻く枯山水の庭(史跡・特別名勝)は、蓬莱山から大海へ至る水の流れが、石組みや玉砂利で表現されていて見事。方丈内は狩野元信筆と伝わる花鳥図(重要文化財)などの襖絵で装飾されている。

京都府 祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛北の観光スポット3 三千院門跡(三千院)など

京都洛北の観光スポット3

三千院門跡(三千院)(京都府京都市左京区大原来迎院町540)
天台五門跡の一つ。最澄が比叡山に建てた小堂に源を発し、明治4年、現在地を本坊とする。境内は自然の傾斜を活かして建物を配置。京都市の名勝に指定されている聚碧園などを眺めながら客殿、宸殿を通り、池泉回遊式庭園の有清園に出る。一面を苔の緑が覆い、秋には見事な紅葉に彩られるこの庭の一角に往生極楽院(重要文化財)が立つ。1148年(久安4)の建立で、狭い堂内に仏像を納めるため船を逆さにしたような船底天井となっている。本尊は金色に輝く阿弥陀三尊像(国宝)。観音・勢至両菩薩の腰をやや浮かせた姿勢が印象的。かつては、堂内は極彩色の壁画で荘厳され、平等院鳳凰堂などとともに極楽浄土の世界を表した。

詩仙堂(京都府京都市左京区一乗寺門口町27)
徳川家康の元家臣で、江戸初期の文人・石川丈山[いしかわじょうざん]が1641年(寛永18)に建てた山荘。現在は禅宗の寺院だ。小楼・嘯月楼[しょうげつろう]を見上げながら建物の中に入ると、堂の名前の由来となった詩仙の間がある。四方の壁には狩野探幽が描いた中国の詩家36人の肖像画「中国三十六詩仙像」が掲げられている。丈山はまた作庭の名手だったともいわれ、白砂が敷かれた見事な回遊式庭園から彼の風雅が偲ばれる。庭には丈山が考案者であるという鹿脅[ししおど]し(添水)[そうず]も配され、サツキ、アジサイ、紅葉と四季折々に美しい。

志明院(京都府京都市北区雲ケ畑出谷町)
賀茂川の水源の山中にひっそりと立つ修験の道場。不動明王を祭ることから岩屋不動とも呼ばれるが、正式には「岩屋山金光峯寺志明院[いわやさんきんこうほうじしみょういん]」という。修験道の開祖・役行者が開山、勅願所として空海が創建したと伝わる。巨木が天を覆う山内には、飛竜ノ滝や護摩洞窟など多くの行場があり、歌舞伎十八番「鳴神」の地として、また天然記念物のしゃくなげ林など有名。

下鴨神社(京都府京都市左京区下鴨泉川町59)
京都で最も古い神社の一つで、正式には賀茂御祖[かもみおや]神社という。古代豪族賀茂氏の氏神社で、上賀茂神社と合わせて賀茂社と総称されていた。本殿(国宝)は1863年(文久3)に再建されたもの。建角身命[たけつぬみのみこと]を祭る西殿と玉依媛命[たまよりひめのみこと]を祭る東殿の2棟からなる。そのほかの社殿は53棟が国の重要文化財、境内は史跡に指定されている。5月15日に行われる京都三大祭の葵祭は、下鴨、上賀茂両神社の祭礼で、1月4日の蹴鞠[けまり]はじめなど京らしい雅な行事でも知られる。

社家の町並み(京都府京都市北区上賀茂中大路町)
上賀茂神社の南、賀茂社から流れ出る明神川に沿って、石垣を積み、白い土塀で囲った家が30軒余り続く。これらは同神社の神官らが住んだ屋敷(社家)で、風格のある家並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。そのなかで数寄屋造の西村家別邸(錦部家旧宅)(料金:500円)が公開されており、社家の内部をうかがうことができる。

修学院離宮(京都府京都市左京区修学院藪添)
後水尾上皇を慰めるため、1656年(明暦2)に徳川家光の援助で造営された離宮。比叡山の裾野に広がる広大な敷地に、松並木で結ばれた下御茶屋、中御茶屋、上御茶屋という3つの庭園が配されている。表総門を入った所が下御茶屋で、数寄屋造の寿月観[じゅげつかん]と池泉回遊式庭園がある。続く中御茶屋は、華麗な装飾が施された客殿が見事で、天下の三棚の一つの霞棚も忘れずに見たい。上御茶屋は、浴龍池を中心に茶屋を配した大庭園。山腹に立つ茶室隣雲亭からの眺望はすばらしい。ぜひ訪れたい洛北随一のスポット。

しょうざん(京都府京都市北区衣笠鏡石町47)
着物メーカーが開いた施設で、11万平方メートルもの広大な日本庭園や染織工芸館、食事処などさまざまな施設がある。染織ギャラリーでは京友禅の型染の体験(1260円、要予約)ができる。

正伝寺(京都府京都市北区西賀茂北鎮守菴町72)
五山の送り火の一つがある船山の麓に佇む。鎌倉時代に創建され、伏見城の遺構である本堂(方丈)(重要文化財)には狩野山楽の襖絵(重要文化財)や、血天井の廊下がある。小堀遠州作と伝わる庭は、比叡山を借景とする見事な枯山水。

勝林院(京都府京都市左京区大原勝林院町)
天台声明の根本道場として開山された寺。1188年(文治2)、浄土宗祖法然上人が諸学の学僧と宗論をした、「大原問答」の舞台として有名だ。この問答で、阿弥陀仏の名を唱うれば仏様の願力によって衆生が救われると法然が説いたところ、阿弥陀如来が手から光明を放ったといわれる。このことから、本尊を「証拠の阿弥陀」と呼ぶようになった。また、当時をしのばせる問答台が2つ本堂に残っている。子院に実光院と宝泉院がある。

白川通(京都府京都市左京区)
東山の裾を南北に貫く通り。銀閣寺道から北を北白川と呼び、修学院道にかけてイチョウの街路樹が美しい。比叡の山並みを東に見る界隈には、洒落たレストランやカフェ、ブティック、各種ショップが立ち並び、北山通と並ぶファッションストリートとして若者に人気。アンティークな店やエスニック料理店なども多く、和と洋、伝統と革新が渾然一体となった雰囲気も魅力的。店を眺めて歩くだけでも楽しくなってくる。通り沿いの上終町には京都芸術短大・京都造形芸術大があるため、アート系の学生の姿も多く、いつも活気にあふれている。

京都府 祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛北の観光スポット2 貴船神社など

京都洛北の観光スポット2

北山杉資料館(京都府京都市北区小野下ノ町101)
北山杉は京都市北区中川を中心に植林されており、磨き丸太は茶室などの床柱に用いられている。その北山杉独特の絞りと、美しい木肌が作られる過程のパネル、各種丸太材や加工品の実物などが展示されている。実際に手で触れて、香をかいでみることができる。敷地内に川端康成の『古都』の文学碑も立っている。

貴船神社(京都府京都市左京区鞍馬貴船町180)
京都を流れる鴨川の水源地にあたり、水の供給を司る神様を祀る。創建年代は不詳だが、平安京遷都以来、水源を守る神として皇室からも格別の崇敬を受けてきた古社。日照りや長雨が続いた時には雨乞い・雨止め神事が行われ、現在も農業や菓子・酒造業など水に関わりのあるあらゆる業種の人々の信仰を集めている。平安時代の女流歌人・和泉式部が参拝し、復縁祈願が成就したことから、縁結びの神様としても信仰を集める。本宮境内には、重森三玲作の石庭がある。

京都府立植物園(京都府京都市左京区下鴨半木町)
1924年(大正13)に開園、総面積24万平方mという全国有数の植物園。広大な園内には1万2000種、12万本の植物が植栽・展示されており、四季折々に美しい。日本最大級の回遊式温室には熱帯や亜熱帯の植物がゾーン別に栽培され、見応え充分。温室北側には自然林を残した「半木[なからぎ]の森」があり、山城盆地の植生がわかる。ほかにツバキ園、バラ園、竹笹園などが展開する。

京都府立陶板名画の庭(京都府京都市左京区下鴨半木町)
府立植物園の北山門東側に隣接する屋外型美術館。安藤忠雄氏設計によるコンクリート造りの斬新な建物に、世界の名画を陶板に転写した作品8点を展示する。ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』、ミケランジェロの『最後の審判』などおなじみの作品は、どれも原寸大か2倍サイズで再現されており、迫力にあふれる。

京都民芸資料館(京都府京都市左京区岩倉幡枝町28-1)
京都民芸協会が昭和56年に開いた資料館。土蔵造の館内は3階に分かれ、日本を中心にアジア各地の焼き物、染織、木工など、会員が収集したさまざまな工芸品を展示する。いわゆる有名作家の作品はないが、工芸品の大半を占めている日用品の中に美を追求している。

鞍馬寺(京都府京都市左京区鞍馬本町1074)
奈良末期に鑑真和上の高弟・鑑禎上人が毘沙門天を祭ったのが始まり。牛若丸や天狗伝説でも知られる。山門から本殿までは、清少納言が『枕草子』で「近くて遠きもの」と記した九十九折の道が約1km続くが、多宝塔まではケーブルカー(片道100円)も利用可。参道途中には由岐神社や義経供養塔がある。本殿前庭からの眺望がすばらしく、桜や紅葉のシーズンは特に美しい。近くに金星から降臨したという護法魔王尊を祭る光明心殿、毘沙門天(国宝)や経塚遺物(国宝)などの寺宝のほか、与謝野鉄幹・晶子夫妻の遺品などを展示する霊宝殿がある。6月20日の竹伐り会式は有名。

光悦寺(京都府京都市北区鷹峯光悦町29)
陶芸や書道、茶道などに多才を発揮した江戸時代の芸術家・本阿弥光悦が1615年(元和元)に徳川家康からこの地を拝領、多くの工芸職人らと芸術村を営んだのが始まりで、光悦没後、その住まいが寺に改められた。境内には7つの茶室が点在、太虚庵[たいきょあん]茶室を囲む竹垣は、太い竹を斜めに組んだ独特のもので「光悦垣」と呼ばれる。紅葉の名所でもある。

高桐院[大徳寺](京都府京都市北区紫野大徳寺町73-1)
大徳寺の塔頭の一つ。1601年(慶長6)、細川忠興[ただおき]が父の藤孝の菩提所として大徳寺に建立した。千利休の屋敷の広間を移したという書院の意北軒[いほくけん]や、忠興が建てた利休好みの茶室、松向軒[しょうこうけん]などがある。入口付近の紅葉も美しい。

高麗美術館(京都府京都市北区紫竹上岸町15)
国内で唯一、朝鮮半島の美術品を専門に扱う美術館。在日朝鮮人一世の実業家・鄭詔文氏が収集した、高麗・朝鮮王朝時代を中心とする美術工芸品約1700点を収蔵・展示。入口両脇には石像が置かれ、異文化を実感できる。館内はそれほど広くないが、朝鮮王朝時代の華やかな屏風や青磁碗・白磁壺のほか、日用品も並ぶ。朝鮮王朝時代の貴族の部屋や家具類も興味深く、日本文化がいかに朝鮮の影響を受けてきたかがわかる。

金福寺(京都府京都市左京区一乗寺才形町20)
松尾芭蕉や与謝蕪村に縁が深く、洛西の落柿舎と並ぶ俳諧史跡。平安初期の創建だが、江戸初期に鉄舟和尚が再興した。本堂の背後に佇む茶室・芭蕉庵は、芭蕉が訪れた縁で鉄舟が建て、のちに芭蕉を慕う蕪村が再興した。蕪村の墓も庵のほとりにある。井伊直弼に仕えた村山たかが尼として余生を過ごした寺でもある。

京都府 祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛北の観光スポット1 賀茂別雷神社(上賀茂神社)など

京都洛北の観光スポット1

阿弥陀寺(古知谷阿弥陀寺)(京都府京都市左京区大原古知平町83)
大原の里からさらに北に2kmほど行った古知谷山中にある寺。1609年(慶長14)に木食上人弾誓[もくじきしょうにんだんせい]が、如法念仏の道場として開いた寺だ。参道の坂を登り切った所に本堂が佇み、その背後に弾誓上人が即身成仏したミイラ仏を収めた開山窟がある。上人は1613年(慶長18)に生きながら石棺に入ったと伝えられ、今も端座合掌の姿勢のまま安置されているという。本堂には、弾誓自身の髪を植え込んだ上人像や、鎌倉時代の阿弥陀如来坐像(重要文化財)が祭られている。

一乗寺下り松(京都府京都市左京区一乗寺下り松町)
詩仙堂への道筋にある松の木。宮本武蔵と、足利将軍家の剣道指南役を務めた吉岡清十郎の門弟が決闘した場所と伝わり、「宮本・吉岡決闘之地」の碑が立つ。もとは比叡山への道標として植えられたという。

今宮神社(京都府京都市北区紫野今宮町21)
疫病除けの神様として知られる。平安遷都後に疫病が流行したため、朝廷は神輿を船岡山に安置して疫神鎮静を図り、1001年(長保3)にはこの地に神殿を造営した。現社殿は明治時代の再建。毎年4月第2日曜には、疫神社の疫神を鎮める「やすらい祭」が営まれる。鬼を従えた行列が「やすらい花や」と囃しながら踊る。行列には花で飾った風流傘も参加、この傘の下に入れば1年間病気をしないといわれる。

岩倉具視幽棲旧宅(京都府京都市左京区岩倉上蔵町100)
公武合体のため皇女和宮[かずのみや]を降嫁させた岩倉具視は、急進派の弾劾を受けて、ここで5年余り蟄居生活を送った。敷地内の対岳文庫には、岩倉が赤坂喰違[くいちがい]事件で刺客に襲われたとき着ていた衣服や携帯品などが展示されている。

圓光寺(京都府京都市左京区一乗寺小谷町13)
徳川家康が教学の発展を図るために設立した学校を始まりとする。家康から送られた当時の木製活字を数多く保存しており、これらは重要文化財に指定されている。明治以降最近まではわが国唯一の臨済宗尼僧の修学道場であった。境内には澄んだ音を響かせる水琴窟や金福寺に晩年を送った村山たかの墓もある。栖龍池がある庭園は、新緑、紅葉の美しいことで知られている。

円通寺(京都府京都市左京区岩倉幡枝町)
比叡山を借景にした見事な枯山水の庭園(名勝)が有名だ。後水尾上皇の幡枝御殿(はたえだごてん)が1678年(延宝6)に寺に改められたもので、本堂と庭はかつての「下御茶屋」に当たる。苔が敷き詰められた庭には40数個の石が巧みに配置され、低い生け垣の向こうに霊峰比叡山を望む。静寂を保つために小学生以下は拝観できない。

大田神社のカキツバタ(京都府京都市北区上賀茂本山)
上賀茂神社の摂社。芸能・長寿の神様として信仰が厚い。参道東側の池には、天然記念物の野生のカキツバタが群生する。一帯は古くから「大田ノ沢」と呼ばれており、艶やかな紫色の花は、平安時代の歌人・藤原俊成の歌にも詠まれている。見ごろは5月初旬〜中旬。

音無ノ滝(京都府京都市左京区大原来迎院町)
来迎院から東北に300mほどの小野山山中に分け入った所、律川の上流に位置する。滝の音で声明を乱されるのを恐れた良忍上人が呪文を唱えると、ごうごうと流れる滝の水音がぴたりと止まったとの伝説が残る。風情ある滝は、かなわぬ恋に袖を濡らす涙にも例えられ、多くの歌にも詠まれている。

賀茂別雷神社(上賀茂神社)(京都府京都市北区上賀茂本山339)
京都三大祭の葵祭で知られる、京都の最古社。平安遷都以前にこの地を支配していた、賀茂氏の氏神を祭ったのが始まり。社殿造営は678年(天武6)と伝わる。遷都後は皇城の守護神となり、伊勢神宮に次ぐ社格が与えられた。67万平方mの広大な神域には木立に包まれて檜皮葺きの社殿が立ち並び、本殿と権殿は国宝、ほか41棟が重要文化財に指定。世界文化遺産にも登録されている。細殿前には円錐系に砂を持った立砂が2つ並び、神々しい雰囲気。朱塗りの楼門をくぐると、中門の内側に幕末造替の本殿、権殿が立つ。

ガーデンミュージアム比叡(京都府京都市左京区修学院尺羅ケ谷四明ケ嶽4(比叡山頂))
フランス印象派の画家たちの代表作品をモチーフに、比叡山の山頂につくられた庭園美術館。1万7000平方mの敷地は「睡蓮の庭」「花の庭」「香りの庭」などのテーマに分けられ、約1500種類の草花が植えられている。庭の中には、モネ・ルノワール・ゴッホら印象派の名作42点の陶板画が飾られ、庭園と絵画を同時に鑑賞可。

京都府 祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
祇園東山・北白川・鞍馬・八瀬・大原周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛西の観光スポット7 鹿苑寺(金閣寺)など

京都洛西の観光スポット7

龍安寺(京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町)
1450年(宝徳2)、徳大寺家の別荘を細川勝元が禅寺に改めたのが始まり。二度の火災で焼失し、現在の建物は1606年(慶長11)に建てられた西源院の建物を移築したもの。方丈前庭の枯山水庭園(史跡・特別名勝)は白砂に15の石組を配し、虎の子渡しの庭ともいわれ、石庭といえば龍安寺を指すほど有名だ。境内には秀吉が絶賛した侘助椿の古木や、水戸光圀寄進の「吾唯足知」[われただたるをしる]と刻んだ蹲[つくばい]などもある。6〜8月は鏡容池[きょうようち]の水蓮が見事。

蓮華寺(京都府京都市右京区御室大内)
土用丑の日の「きゅうり封じ」で知られる寺。境内には五智[ごち]如来石仏(薬師・宝生・大日・阿弥陀・釈迦)をはじめ、背後に観音坐像以下11体の石仏群が並び、圧巻だ。

鹿王院(京都府京都市右京区嵯峨北堀町)
足利義満が1379年(康暦元)、普明国師を開山に宝幢寺を建立。鹿王院はその塔頭だったが、応仁の乱で宝幢寺は廃絶、鹿王院のみが残った。江戸前期作庭の平庭式枯山水庭園は、苔が美しい。女性専用の宿坊としても開かれており、宿泊者は座禅体験もできる。

鹿苑寺(金閣寺)(京都府京都市北区金閣寺町1)
足利3代将軍義満が建てた別荘だが、義満の死後に禅寺へと改められた。正式名は義満の法号にちなみ鹿苑寺という。金閣寺の通称は、三層宝形造の舎利殿による。1955年(昭和30)復元の楼閣は初層が寝殿造、2層は武家造、3層は禅宗仏堂造。周囲には池泉回遊式庭園(特別史跡・特別名勝)が広がり、鏡湖池[きょうこち]に金閣が映る光景は美しい。

東映太秦映画村(映画村)(京都府京都市右京区太秦東蜂ケ岡町10)
日本映画発祥の地にある映画のテーマパーク。時代劇のオープンセットが広がる村内では、テレビや映画でおなじみの時代劇の撮影が実際に行われることもあり、迫力満点の立ち回りを間近に見ることもできる。撮影予定はホームページやテレホンサービス(電話:075-864-7788)で確認できる。舞妓さんやお姫様に変身(料金:8500円〜)して江戸の町並みを散策…というのもおもしろい。純和風のお化け屋敷(料金:500円)での恐怖体験などのアトラクションのほか、時代劇ショーなどのイベントも充実。春、秋の行楽シーズンや正月、夏休みには特別なイベントを開催。子供たちに人気のキャラクターイベントも盛りだくさん。

トロッコ列車(京都府京都市右京区・京都府亀岡市)
山陰本線複線電化のため廃線となった旧山陰本線の線路を走るのが、嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車。赤い車体に山吹色と黒の模様のアール・デコ調の列車が、JR嵯峨嵐山駅に隣接するトロッコ嵯峨駅から、トロッコ亀岡駅までの7.3kmをのんびり23分ほどかけて走る。途中に鉄橋やトンネルがあり、保津川の渓谷の眺めも右から左、また右と変わる。車両の中には、天井がガラス貼りで、側面は吹き抜けになったものも。全席指定なので観光シーズンは、乗車券を1カ月前から発売している、JR西日本のみどりの窓口、JTBなどで購入しておくといい。

京都府 嵐山・太秦・高雄周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
嵐山・太秦・高雄周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛西の観光スポット6 保津峡など

京都洛西の観光スポット6

法金剛院(京都府京都市右京区花園扇野町49)
平安初期の右大臣清原夏野[きよはらなつの]の山荘を、1130年(大治5)、鳥羽上皇の中宮待賢門院[たいけんもんいん]が復興。その後、応仁の乱などで荒廃したが、1617年(元和3)泉涌寺の照珍によって再建された。仏像・絵画・工芸に見るべきものが多い。特に藤原時代の本尊阿弥陀如来坐像(重要文化財)は、光背や台座の蓮弁に華麗で繊細な彫刻が施されており見事。夏には約80種類のハスが咲き競う、ハスの寺としても有名だ。迫力ある「青女の滝」の石組みも必見。庭園は特別名勝に指定。

法輪寺(京都府京都市西京区嵐山虚空蔵山町)
渡月橋を見下ろす高台に立ち、「嵯峨の虚空蔵さん」と親しまれてきた。『枕草子』の「寺は」では「壺坂、笠置、法輪」と並び称せられ、院政期には多くの人々の信仰を集めて隆盛を誇った寺。現在は十三まいりで親しまれ、毎年4月13日、13歳になった子供が法輪寺の虚空蔵菩薩に智恵と福徳を授かりに行く。思い思いの1字を墨で書いて奉納した後、渡月橋を渡って帰る時に、後ろを振り返るとせっかく授かった智恵を返してしまうとの言い伝えがある。

松尾大社(松尾さん)(京都府京都市西京区嵐山宮町3)
701年(大宝元)、秦氏が創建したと伝える古社。酒の神として信仰を集めていて、境内には全国の酒造元から奉納された、こもかぶりの酒樽が並ぶ。祭神は酒の神・大山咋神[おおやまぐいのかみ]で、社務所裏には湧き水(亀の井)を加えると酒が腐らないといわれる。室町前期建造で、1542年(天文11)に大改修した本殿(重要文化財)は、松尾造といわれる三間社両流造。重森三玲氏作庭の松風苑は、磐座をイメージした上古の庭、鎌倉風の蓬莱の庭、平安風の曲水の庭と、趣を変えた3つの庭が見られる。

妙心寺(京都府京都市右京区花園妙心寺町1)
花園法皇の離宮に関山慧玄[かんざんえげん]を迎え、禅刹として改めた。臨済宗妙心寺派の本山で、1337年(建武4)創建。山門(重要文化財)や仏殿(重要文化財)、法堂[はっとう](重要文化財)など七堂伽藍をはじめ、46もの塔頭[たっちゅう]が立ち並ぶ。みどころは法堂の天井画「八方にらみの龍」で、狩野探幽の作。日本最古の銘をもつ黄鐘調[おうじきちょう]の梵鐘(国宝)も必見。

向日神社(京都府向日市向日町北山65)
創建は奈良時代の初期、718年(養老2)とされる。商店街の賑わいからゆるやかな坂の参道を上がっていくとサツキ、そして桜と楓が枝を伸ばして、境内に彩りを添えている。三間社流造の本殿(重要文化財)は室町時代の代表的な神社建築の様式を残し、東京の明治神宮の原形とされた。市名でもある「向日」は東山から日が昇り西山に沈むまで陽光を浴びる土地=「日ニ向カウ」から来ており、古くから農耕が営まれてきた肥沃なこの土地の産土神[うぶすながみ]として、向日神社は現在でも農家の信仰が厚い。

八つ橋庵とししゅうやかた(京都府京都市右京区西京極西衣手町36)
太秦の南方、桂川のそばにあり、生八ツ橋作りの体験840円や刺繍講座1050円など12種の体験講座(要予約)を受けることができる。2階のししゅう美術館では名匠による京刺繍の逸品など75点ほどが常時展示されているほか、刺繍小物やアクセサリーの販売コーナーもある。

善峯寺(京都府京都市西京区大原野小塩町1372)
山中にある西国第20番札所。堂々とした仁王門を入ると、山腹に本堂、多宝塔、薬師堂などの諸堂が立ち並ぶ。紅葉や枝垂桜が美しく、樹齢600年を誇る遊龍松[ゆうりゅうまつ](天然記念物)は、横に長く見事な幹を延ばしている。寺は1029年(長元2)恵心僧都の高弟・源算上人の開基。応仁の乱で焦土と化し、その後、桂昌院により復興した。

落柿舎(京都府京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20)
ひなびた茅葺き屋根の庵は、松尾芭蕉の高弟である向井去来[むかいきょらい]の別宅。ある秋、去来が商人に庭の柿の木になっている実を売る約束をしたが、その夜のうちに嵐ですべて落ちてしまった。その後、去来は自らを落柿舎去来と称するようになったという。

立命館大学国際平和ミュージアム(京都府京都市北区等持院北町56-1)
戦争の被害と加害の両面の歴史に学びながら平和について考えられる、世界初の大学立平和博物館。過去の戦争の実態を伝えるとともに、暴力や貧困などの平和をはばむ問題と、平和な世界をつくるための活動について展示している。実物資料や写真・解説パネル、映像展示のほか、戦時中の民家も復元。併設の国際平和メディア資料室では、平和に関する資料を閲覧できる。年数回、特別展を開催。

保津峡(京都府京都市右京区・京都府亀岡市)
亀岡から京都・嵐山までの保津川沿い、約16kmの渓谷。保津川は、1606年(慶長11年)京都の豪商・角倉了以[すみのくらりょうい]が、丹波から京へ木材・薪炭などを運搬する運河として開削したもの。明治末ごろからは船下りが人気を集めるようになり、夏目漱石も乗船している。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉と四季折々の渓谷美を楽しめ、保津川下りやトロッコ列車、ハイキングなど近年観光客で賑わっている。

京都府 嵐山・太秦・高雄周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
嵐山・太秦・高雄周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

京都洛西の観光スポット5 渡月橋など

京都洛西の観光スポット5

東林院(沙羅双樹の寺)[妙心寺](京都府京都市右京区花園妙心寺町)
妙心寺境内の東側に位置。1531年(享禄4)、細川氏綱が父の菩提を弔うために建立。本堂前庭には、樹齢300年という沙羅双樹の枯木と十数本の沙羅の木があり、その花が美しい寺として知られる。見ごろとなる季節には、沙羅の花を愛でる会(6月12〜30日)を開催。特別公開される。住職手作りの精進料理が食べられる宿坊としても有名。火・金曜には精進料理体験教室が開かれる。

渡月橋(京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町)
大堰川[おおいがわ]に架かる全長155mの橋。亀山上皇が「くまなき月の渡るに似る」として、渡月橋と命名したという風情ある橋で、嵐山の景観にとけ込んでいる。鵜飼などの川遊びも渡月橋を中心に行われる。当初、橋は現在より100mほど上流にあったと考えられるが、1606年(慶長11)に角倉了以[すみのくらりょうい]が大堰川上流の保津川開削工事を行った際、今の場所に移された。

長岡宮跡(京都府向日市鶏冠井町)
幻の都といわれていた長岡京。784年(延暦3)から10年間しか続かなかった都の大内裏跡。桓武天皇が奈良からこの地へ都を移したが、不祥事の続出や天災のため、794年(延暦13)平安京に再び遷都し、長岡京は荒廃した。発掘された木簡などの遺物は、向日市文化資料館(電話:075-931-1182)に展示されている。大極殿跡は1965年(昭和40)、全国初の史跡公園に指定されている。

長岡天満宮(京都府長岡京市天神2-15-13)
学問の神様として信仰される、菅原道真を祀る神社。霧島ツツジの名所として名高く、道真が太宰府に左遷される際、名残を惜しんだ地といわれている。現在の社殿は、1941年(昭和16)に平安神宮の旧本殿を移築したもの。広い境内には八条ケ池が広がる。

二尊院(京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27)
釈迦如来立像(重要文化財)と阿弥陀如来立像(重要文化財)の2像を本尊とすることから、二尊院と呼ばれる。平安時代初期に嵯峨天皇が慈覚大師を開祖に建立、いったん荒廃したものの法然が庵を結び、弟子の湛空が再興した。常寂光寺と同じく、ここも藤原定家の山荘「時雨亭」[しぐれてい]があったとされる。

仁和寺(京都府京都市右京区御室大内33)
888年(仁和4)、宇多天皇創建による門跡寺院で御室御所とも呼ばれた。現在は真言宗御室派の総本山。9万平方mもの広大な境内には、優美な金堂(国宝)をはじめ、二王門(重要文化財)や五重塔(重要文化財)などが点在。御所の名残りを留める仁和寺御殿、江戸時代の池泉式庭園もあって見どころ豊富だ。背丈の低い御室桜(名勝)は、京都随一の遅咲きとして有名。

野宮神社(京都府京都市右京区嵯峨野々宮町)
伊勢神宮の斎宮に選ばれた皇女が、潔斎のためにこもった所。クヌギの丸太を組んだ黒木の鳥居や小柴垣の簡素な佇まいの小さな社で、『源氏物語』の「賢木」の巻、謡曲『野宮』などに描かれた当時の様子を彷彿とさせる。今では縁結び、進学の神社として知られるようになった。

平野神社(京都府京都市北区平野宮本町1番地)
平安遷都に伴い奈良から移転。今木皇大神[いまきのすめおおかみ]をはじめ、四柱の神を総合し平野皇大神[ひらのすめおおかみ]として祀る。「皇大神」とは、神の中でも最高位を表す語。国内8万以上ある神社の中でも伊勢神宮など数社しかなく、その格式の高さが知られる。本殿(重要文化財)は、比翼春日造という特殊な形式。古くから桜の名所で、他にも四季を通じて様々な花が咲く。4月初旬の桜花祭り、9月中旬の奉灯祭、仲秋の名月祭、10月初旬の紫式部祭には盛大に奉納行事が行われる。

広沢池(京都府京都市右京区嵯峨広沢町)
のどかな田園風景が広がる北嵯峨にある観月の名所。周囲約1kmのこの池は、一説に嵯峨野を開拓した秦氏の手によって造られたといわれる。平安時代には池の畔に月見堂や釣殿などがあり、西行や藤原定家らの和歌にも詠まれた。

蛇塚古墳(京都府京都市右京区太秦面影町)
秦氏の墓と考えられている京都市屈指の古墳。7世紀初頭の前方後円墳で、巨石を積んだ横穴式石室が露出している。玄室の長さは約7m。

京都府 嵐山・太秦・高雄周辺 でぜひ宿泊して欲しい素敵な宿泊施設です。
嵐山・太秦・高雄周辺 楽天トラベル格安宿泊ランキング

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。